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院長のご紹介


田口歯科医院 院長

田口 文太 (たぐち ぶんた)

略歴
1973年、名古屋市生まれ、都立西高・日本大学歯学部卒業。 高校・大学と9年間アメフト部に所属、現在も母校のコーチをつとめる。 田口歯科医院を運営しながらADC※に所属し、 歯科臨床技術の向上を日々目指しています。 ※Acorn Dentists Club

 みなさまこんにちは、田口文太です。私の簡単な履歴書と、どうして歯医者になったのかを書かせていただきました。治療にいらしたときに、お話のきっかけになればと思います。

<私が歯科医師になるまで>
 私は1973年に名古屋市で生まれました。性格はおとなしく、あまり手のかからない子だったと聞いています。
 3歳のときに東京へ引っ越し、その後はずっと東京で育ちました。小さい頃から体を動かすことが好きで、運動会ではリレーの選手に選ばれたこともありました。スポーツは小学校では水泳や野球をやり、中学校ではハンドボールを少しやりました。しかしどれも中途半端な形で終わっていたので、高校進学を機に本格的にスポーツに取り組もうと思いました。そして数ある体育会系のクラブの中から私が選んだのは、アメリカンフットボール部でした。
 私が進学した都立西高校アメフト部は全国の高校のアメフト部の中でも長い歴史と伝統を持つ部であると同時に関東大会にもたびたび出場していた強豪校の1つでもありました。部員数も当時かなり多い方で、たくさんの個性的な先輩方に勧誘され、気がついたら入部していたという感じでした。

 アメリカンフットボールというと、ヘルメットや防具などを身にまとい、体と体をぶつけ合う肉弾戦というイメージをお持ちの方が多いと思います。これはまさにその通りで、新入部員はまず、この激しいコンタクトに耐えることのできる体作りからスタートします。
 アメフトは体が大きい方が当然有利なスポーツですが、私は体がそれほど大きくはなかったので、最初の頃はかなり苦労しました。アメフトには様々なポジションがあり、体が小さくても可能なポジションもあるのですが、私に与えられたのは、何故か最も体のサイズとパワーが要求されるポジションでした。

 強豪校であるがゆえに練習は厳しく、もう辞めようと思ったことは何度もありました。しかし、当時はほぼマンツーマンの形で私を指導して下さった大学生のOBコーチとともに、必死にがんばっていくうちに、交替メンバーとして時々試合に出してもらえるようになり、3年生のときはレギュラーメンバーとして常時試合に出場できるようになりました。そしてアメフトの面白さがだんだんわかるようになり、それが、このスポーツにのめり込んで行くきっかけにもなりました。
 高校卒業後は日本大学歯学部に進学しましたが、ここでも、当然の流れという感じでアメフト部に入部し、再び練習に明け暮れる学生生活でした。しかし高校時代と違うところは、勉強もしっかりとやらなければならないということです。普通の大学生と違い、歯学部は6年制であり、授業はほぼ全てが必修で、実習をサボることはできません。小試験やレポートの提出なども頻繁にあり、思いっきり遊べるのは夏休みくらいでした。そういう環境の中でお互いに切磋琢磨した仲間や先輩・後輩とは、歯科仲間となった今でも交流が続いており、彼らとはこれからも良い関係を築いてゆきたいと思っています。

 ところでアメフトは、あの激しい戦いぶりとは裏腹に、実は「戦略」のスポーツなのだと良く言われます。その意味では、体のサイズで若干不利な私でも、戦略をうまく立てることで勝つことができたのだと思います。
 これは後から気づいたことですが、アメフトと歯科医の仕事はたいへん似ているのです。どちらも体力勝負の重労働でありながら、事前に戦略(アメフトでいえば作戦、歯科医でいえば治療のための計画)を綿密にたてる事が最も重要となります。


 さて大学卒業後、無事に医師国家試験に合格した私は、父の知り合いでもある千葉市の開業医の先生のところでお世話になりました。その医院では予防に力を入れられていて、治療も正確で大変丁寧でした。そのため、先生は患者さんから絶大な信頼を得ていらっしゃいました。自宅から遠く通うのが少々大変でしたが、ここで学んだことは、患者さんとの接し方から技術的なことまで多岐にわたります。そしてこれが、今の私の診療スタイルの原形にもなっています。

<私が歯科医師になった理由>
 世の中にはさまざまな職業があり、その中から自分に合った職を選択することは、本当に難しいものです。お子さまをお持ちの方は、彼・彼女がどんな大人になるのか、ましてやどんな職につくのかなんて、見当も付かないという方も多いのではないでしょうか。
 私の場合はというと、父が歯科医師ということもあり、育った環境に大きな影響を受けたと思います。父の働いている姿をたびたび目にしながら歯科医師という職業の持つ意味や重要性というものを幼い頃から無意識のうちにすり込まれていたのかもしれません。

 田口歯科医院にはお子様連れの来院患者様が多いのですが、私が父の姿を見て育ったこともあり、「子供から見た歯科医師」の姿にはなるべく気を使うようにしています。これは決して威厳をみせるという意味ではなく、なるべく痛いことはせず、ニコニコしながら、そしていつの間にか病気を治してしまうような、理想の歯医者さん像に自分を少しでも近づけたいと思っているからです。

 日本の医療は様々な問題を抱えていますが、治療を通じて、子供たちが医師という職業に興味をもってもらえたら良いなと考えています。